成長 知性

【世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?- 山口周 著】を読んで

今回の記事は、「 世界のエリートはなぜ 「美意識」 を鍛えるのか? - 山口週 著 」 を読んだ僕なりのレビューになります。

端的にまとめると、著者の山口氏は以下のように主張されています。
今世界は人類史上初、因果関係に落とし込めない程複雑化している(この状況を著者はVUCA化 (Volatile: 不安定, Uncertain: 不確実, Complex: 複雑, Ambiguity: 曖昧) という米国陸軍による現在の世界情勢を表現するための造語を引用し端的に表現しています)。この状況下で最適な舵取りを強いられる世界のビジネスエリート、つまりグローバル企業のリーダー達 (この本が出版された2017年時点では日本ではその取り組みが遅れていたようです) は、今までの社会が要請してきた生産性や効率を重視する外部のモノサシへの依存、すなわち ”「分析」 「論理」 「理性」 に軸足をおいた...「サイエンス重視の意思決定」” から ”「真・善・美」” を重視した内在的なモノサシ、つまり *”美意識” に基づく構想力と創造力の積極的な活用への移行が求められている。その手段として彼らは ”美意識” を鍛える取り組みに積極的に取り組んでいる。故に、日本企業が世界で競争力を維持するためには、日本のリーダー、そしてビジネスパーソンにも同様の取り組みが必要であると山口氏は結論付けています。*著者は、この本の中では ”美意識” を ”経営における 「真・善・美」 を判断するための認識のモード” と定義しています。

このように主張する著者は大学院で美術史を学び、社会に出てからは世界でも有数のコンサルティング会社で ”「経営にサイエンスを持ち込む」“ ことに長年携わっていたという経歴があり (著者は、コンサルティング会社が提供する付加価値の本質とは “「経営にサイエンスを持ち込む」” ことであるとおっしゃっています)、 ビジネスにおけるサイエンスに基づくモノサシの役割と “美意識” に基づくモノサシの役割について深い洞察をこの本の中で展開していきます。

まず著者はVUCA化した今の社会において、企業が生き残っていく上でリーダー達はなぜサイエンスを重視していては ”適時・適切” な意思決定ができなくなるのかについて、”論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある” こと、”世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある” こと、そして “システムの変化にルールの制定が追いつかない状況” という三つの観点から考察されています。

そして、脳科学的な観点から “適時・適正な意思決定” には情緒に関わる脳内部位が不可欠であることに続けて、知性は高いが美意識を欠いた(=情緒的な側面が未発達な) エリートが犯しがちな過ちを考察していきます。 その上で、個々のビジネスパーソンに内在化された ”「真・善・美」 に関する基準”、つまり著者が定義する ”美意識” を高いレベルにもっていくことで、VUCA化した今日の社会において日本企業の世界での競争力がどのように高まるかについて、リーダーの高い “美意識” により成功を納めている日本企業の例を挙げて解説されています。

そして最終章で著者の山口氏は、自身が定義する “美意識” を鍛えるための方法について具体的に解説されています。

さて、それではこの本の中でも特に僕の印象に残った4つの点に関してご紹介していきたいと思います。


1. 美しさを目的にすることで正しさは必然的に生まれてくる:

まず 1 つ目のポイントとして、著者の山口氏は ”美意識” の活用はマーケットにおける企業の優位性を取り戻す意思決定に繋がると同時に、VUCAの状況下でも正しい企業運営に繋がると以下のように解説されています:

“過度のサイエンス重視” の経営が蔓延すると企業間での差別化が難しくなり、企業はマーケットで生き残る術として数値目標だけを段階的に引き上げるという状況に追い込まれ、次第に社員にその負担が蓄積する。結果として企業内でコンプライアンス違反が起こる。この流れで大企業がコンプライアンス違反に陥った実例として日本の東芝、三菱自動車、電通、そして海外のエンロンを著者は挙げています。

この状況を打開するためには ”事業構造の転換や新しい経営ビジョン打ち出し” が不可欠であり、”そのためには経営者の 「直感」 や 「感性」” つまり “「美意識」 に基づいた大きな意思決定” が必要であると著者は主張します。続けて著者は、ワールドチャンピオンクラスのチェスのエキスパートについての研究結果、将棋のエキスパートである羽生善治氏の主張、そして哲学者カントの 「美」 という概念についての洞察を総合し、”美意識” に基づく選択は自然と 「正しさ」 に繋がっていくと主張します。

つまり、”美意識” に基づいた選択は、現在のマーケットにおける企業の優位性を取り戻すことに繋がるだけでなく、正しい企業運営に繋がる、ということですね。そして、著者は将棋という ”完全に論理” の土俵でも 「美意識」 が重んじられているのに、経営という “はるかに非論理” の土俵で ”美意識” が軽視されてよいのだろうか? と読者に問うています。

ここで、上記の著者の2つ目の主張である ”美意識” に基づく選択によって正しい企業運営に繋がる、という主張に関しては一部の読者からは異論も生まれてくるのではないか? と、僕は読みながら感じていました。というのも、”人の直感は常に正しいのか?” という疑問に対して以前の僕の記事 「人生で生じる悩みの解決法とは」 で触れており、直感が論理思考に勝るのは3つの特定の条件を満たした場合である (加えて、ワクワクする感覚と共に心惹かれてしまう場合) と考察したからです。そして、チェスのエキスパートについての研究結果が直感が論理に勝る根拠になるとして頻繁に引用される中で、チェスというゲームがその3つの条件を満たす典型例であると分かります。3つの条件については 「人生で生じる悩みの解決法とは」 をご参照いただければと思います。 また著者の読者に対する問いに関しては、経営という非論理の土俵でも “美意識” は重視されるべきであると著者の主張を汲み取ることができるわけですが、論理に基づく推論という観点では土俵が違うという点で、その推論は成り立たなくなってしまうという指摘も生まれるのではないかと少し思いました。

しかし、”僕個人の情緒に基づいた推論” では、著者の主張に正しさを感じています。 僕にそのように著者の主張に正当性を感じさせるに至った著者が引用したプロ将棋師、羽生善治氏と哲学者イヌマエル・カントの指摘をこの著書から抜粋しておきたいと思います:

羽生氏:”高度に複雑で抽象的な問題を扱う際、「解」 は、論理的に導くものではなく、むしろ美意識に従って直感的に把握される。そして、それは結果的に正しく、しかも効率的である”

カント:”美しいと [人がある対象に] 感じられるとき、それはなんらかの目的に適っている”


2. イノベーションはそれを起こすまでのストーリーと世界観が重要である:

著者によると、”今日では、イノベーションを経営課題の1つとして掲げていない会社” はほとんど存在せず、これはイノベーションをテーマとすることによる企業間の差別化の消失を意味する。またサイエンスが進歩した現代では、ある企業で生み出されたイノベーションが優れていればいるほど、そのデザインとテクノロジーはサイエンスの力を用いた他企業のリバースエンジニアリングによって “容易、かつ徹底的にコピー” されありきたりなものと化し、その企業の競争優位性は短期間で失われてしまうそうです。故に、”「イノベーションのその先」” を見据えず、”「イノベーションの実現」だけをゴールに走るのは非常に危険” であると著者は主張します。

そして米国のアップルを例として、”イノーベーションの後に発生する「パクリ合戦」” を経てもなおパイオニアの企業の競争優位性を維持するものが、そのイノベーションの実現に至るまでに不随したスートーリー及びその企業の世界観であると著者は説かれています。イノベーションを起こした企業の “ストーリーや世界観” は現代のサイエンスの力を持ってしてもコピー不可能ということですね。そして著者は、イノベーションに至るまでの ”ストーリーや世界観” には ”その企業の美意識がもろに反映する”、従ってイノベーションを起こそうとするビジネスパーソンの “美意識” を高い水準に高めることが重要性であると説かれています。加えて、日本は “天然資源のように ”「ストーリー」 と 「世界観」という日本企業に競争優位性をもたらす2つの要素が溢れた国であり、その “「目に見えない資源」を受け継ぎ、より豊かなものにしていくという責任” が私たちにはあると著者は説かれています。

僕は上記の著者の洞察を読んだ際になるほどなと目から鱗でした。あるイノベーションにおいてパイオニアの企業の揺るがない競争優位性は、そこに至るまでの “道がないところに道を作る” というパイオニアが背負った険しいプロセスに付随したストーリーと世界観にこそあるということですね。著者は企業のイノベーションに不随するストーリーと世界観によってデザインとテクノロジーがコピーされてもなお競争優位性が維持され続けている企業例としてアップルを挙げていますが、本や映画等でスティーブ・ジョブスの人生とアップル社の現在までの道のりを知れば知るほど、身近に手に取ることのできるアップル製品に対して魅力を感じずにはいられないのは僕だけではないと思います。

その魅力は、目で見て触れることができるものの実質価値にではなく、その製品に宿るストーリーと世界観という目に見えない精神性に対する敬意の念から生まれてきているのではないでしょうか。だからこそ、ストーリーと世界観を生み出す人々の精神性を高める手段として “美意識” を鍛えることは大切である、という著者の主張に僕は深く共感いたしました。


3. エリートが哲学に親しむことの重要性:

著者の山口氏はエリートにとって “哲学に親しむ” ことは不可欠であると説きます。まずはその理由について。著者は、”エリートというのはシステムに対して最高度の適応力を持っている人たち” であり、”この「システムへの適応力」 こそが、彼らをエリートたらしめている” と説明します。その上で、”「システムに良く適応する」 ということと 「より良い生を営む」 というのは、全く違う” ことであると考察されています。

というのも著者の調査によると、ハーバード大学の行動心理学の教授のデイビット・マクレランドが発見した3種類の社会性動機 (達成動機 ・ 親和動機 ・ パワー動機) のうち、エリートつまり “高い業績を上げる人材は、統計的に強い達成動機” を持ち、”システムに適応し、より早く組織の階段を駆け[上がり]、高い地位と年収を手にすることを 「より良い人生」 ” と考える傾向がある。その結果としてエンロン事件といったコンプライアンス違反の多くの事例に見られるように ”多くの場合、破綻が待ち受けている” からだそうです。

従って著者は、エリートにとって ”「悪とは、システムを無批判に受け入れること」” であると考察した上で、現在のエリートには ”システム...に最適化しながらも、システムそのものへの懐疑は失わず[、] ... 理想的な社会の実現に向けて、システムの改変を試みる” ことが求められていると主張します。そして、そのための ”「システムを懐疑的に批判するスキル」” として哲学が不可欠であると著者は説いているのです。

著者によると、全ての哲学は ”それまで定説とされてきたアイデアやシステムに対して” “「疑いの態度」” を取るところから始まっているそうです。そして著者は、過去の哲学者の著作に親しむことでそのコンテンツそのものではなく、“その哲学者が生きた時代において支配的だった考え方について、その哲学者がどのように疑いの目を差し向け、考えたかというプロセスや態度” を学ぶことが、現代においては ”「システムを懐疑的に批判するスキル」” の獲得に繋がると教示してくださっています。

この点に関してですが、僕自身はエリートというには一歩届かずのポジションから社会人生活をスタートしたため他人ごとかな?と少し思いながら始めは読み進めていました。しかし、過去の哲学者の著作に親しむことで、自分が属する社会で常識とされ生活に埋没してしまっているシステムを改革するきっかけとなる「疑う思考プロセスと態度」の獲得につながる、という著者の教示は、社会のシステム改革以外にも私たちの人生で改革できることを見出すために応用できるのではないかと感じました。また僕自身は今までに哲学書に触れることが少なかったのですが、この著者の指摘に感化され、著者も引用していたカントなどの著名な哲学者の著作を読んでみたいと思うようになりました。


4. リーダーが詩を読むことの必要性:

著者はVUCA化した現在、日本企業が世界のマーケットで競争優位性を維持した経営を継続するためには、日本のビジネスリーダーたちが “美意識” を鍛えることが不可欠であるという主旨で本書の論を展開しているわけですが、著者は最終章の最後のセクションでリーダーが “詩を読む” ことの必要性について言及されています。 僕はこのセクションを読むまで詩は確かにアートに分類されるが、どちかかというと重い印象が不随する芸術という潜入感があり、リーダーが ”美意識” を鍛えることの必要性と詩を読むことの必要性の2つが自然にリンクしませんでした。しかし、以下のことからその2つに同時に取り組むことの意義について理解することができました。

著者は、まずリーダーシップと詩は ”「*レトリック (修辞) が命である」という点” で強力に結びついていると洞察します。そして著者は、古代ギリシア時代の哲学者プラトンがレトリックは人に強い影響力を発揮することを認めていたこと、”「メタファー [(比喩)] の技術」” が “レトリックの根幹をなす” こと、そして多くの優れたリーダーの名言の中でも “「メタファーの力」” が活用されていることから、 ”「人のこころを動かす」 表現には必ず優れたメタファーが含まれ”、 優れた詩は “「優れたメタファー」 の宝庫である” と考察します。*レトリック:”文章やスピーチなどに豊かな表現を与えるための一連の技法”

その上で、”リーダーの仕事が人々を動機づけ、一つの方向に向けて束ねることであるとするならば、リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュケーション」“ でしかなく”少ない情報量で豊かなイメージを伝達するための...「メタファーの技術」を学ぶのは、とても有効である と著者は考察するのです。

ここで本書の主旨である日本のビジネスリーダーたちが “美意識” を鍛えることと “詩を読む” ことの両方に取り組むこと意義に気付けるのではないでしょうか。ビジネスリーダーたちは VUCA化した社会で適時適切な意思決定するために “美意識” を鍛える必要がある。そして、それに基づいた意思決定でさらに社内の人々をその方向性に効果的に束ね動かしていくために “「優れたメタファー」の宝庫である「詩」も学ぶ”必要がある、と著者は主張しているのですね。 

僕は上記の筆者の主張が腑に落ちてから今までの人生を振り返り、僕が2010年頃から支持していた今は亡き国際的教育アドバイザー兼思想家のケン・ロビンソン氏がスピーチの中で優れた詩を引用していたことや、高校卒業時に卒業生に送る言葉としてカリスマのある国語の先生が詩を引用していたことを思い出しました。なぜか日本の方がスピーチの中で詩を引用されているのをあまり目にしたことがないのですが、米国で影響力のある方のスピーチをTED Talkなどで聴いていると、確かに詩を引用していると気づくことができます。 前述しましたが僕は詩に対してどちかというと重い印象を抱いていたため、今までは自分から歩み寄ろうとはしていなかったのですが、著者の山口氏の上記の主張が腑に落ち、本屋に足を運び詩集を手に取りたいと気持ちを改められました。


特にオススメしたい人:ビジネスリーダーを含めた多くの日本のビジネスパーソン

この本は “日本の人事部「HRアワード2018」 (書籍部門) 最優秀賞” を受賞しており、社会的にも高く評価されているのですが、僕も一読して「なるほどな」と、著者の言うVUCA化した現在におけるこの本の価値に納得せずにはいられませんでした。

僕のメンターから学んだ ”良書は一度読み、自分がそこから成長してまた読み返すと、新たな気づきを与えてくれる” という助言に基づいて何度も読み返す価値のある本であると思いました。 上記4つの点は僕が一読し終えて特に印象に残ったポイントとしてご紹介したわけですが、正直他にも僕の印象に残った著者の考察は多く、著者の山口氏の洞察力には感銘を受けましたこの本が900円以下で読めてしまうというのはちょっとどうかしてるんじゃいの?! とツッコミを入れたくなるほど濃い内容の本です。これから日本を経済的にさらに強い国にする基盤を構築するために現役ビジネスリーダーはもちろんのこと、日本の多くのビジネスパーソンに読んでいただきたいと思える珠玉の一冊です。


この本が気になった方は以下からご購入できます:



世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
~経営における「アート」と「サイエンス」~ (光文社新書)

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